はじめに
本稿では、Autodesk Fusion を用いて、古典的な歯形作図法である「創成図」を再現し、3D モデリングに応用する事例について紹介します。
1. 創成図の概要:
創成図とは歯車加工法に基づいた作図手法であり、静止した工作物に対し、加工工具(ラックカッタ、第 1 回目で説明)が創成運動を行う際の工具軌跡を重ね合わせることで、インボリュート歯形を生成するものです。この手法は、CAD システムが普及する以前から、歯車設計の基礎として用いられてきました。
2. 従来手法の課題と本稿のアプローチ:
創成図を CAD 環境で再現するためには、加工工具(ラックカッタ)をインボリュート曲線に沿って姿勢変化させる必要があり、歯車に習熟していない設計者にとってはハードルが高いものでした。
本稿では、この課題を解決するために元の運動を分解し、Fusion に標準搭載されている移動および回転操作のみを用いて創成図を作成する手法を紹介します。これにより複雑な数式を用いることなく、直感的な操作によって歯形を生成することが可能となります。
3. 創成図の具体例:
下図に歯数 20、圧力角 20 度、標準平歯車の創成図を示します。
創成図の例(z20, m1, pa20)
今回の歯車モデリングの原理
本稿で提案する歯車モデリング手法は、以下の原理に基づいています。
1. 基礎モデル:
まず、第 1 回目の報告において使用した歯車が回転運動し、加工工具(ラックカッタ)が平行運動するモデルを基礎とします。このステップで歯形が完成することは第 1 回目で証明済みです。
-
ステップ 1(図a):歯車の回転とラックカッタの平行移動
-
歯車(工作物)を、Fusion の [移動] コマンドを用いて角度 θ だけ回転させます。
-
同時に加工工具(ラックカッタ)を、歯車の回転量 θ に対応する距離 Rθ だけ平行移動させます。R は歯車の基準円半径です。
-
2. 歯車静止化処理:
次に、歯車の回転運動を打ち消す操作を行います。具体的には以下の手順を実行します。
-
ステップ 2(図b):全体の逆回転
-
[移動] コマンドを用いて、歯車(工作物)とラックカッタ(加工工具)の両方を、ステップ 1 とは逆方向に同じ角度(-θ)だけ回転させます。この操作により、歯車(工作物)の回転運動が打ち消され、歯車は静止した状態となります。一方、加工工具(ラックカッタ)は静止した歯車に対して相対的に運動している状態となります。
-
3. 歯形生成:
上記の一連の操作(ステップ 1 およびステップ 2)を、角度 θ を微小量ずつ変化させながら繰り返し実行します。各ステップにおいて加工工具(ラックカッタ)の軌跡を Fusion 上に記録し、重ね合わせます。
4. インボリュート歯形の抽出:
重ね合わされた加工工具(ラックカッタ)の軌跡の内側の輪郭線(内側包絡線)が、インボリュート歯形を形成します。この輪郭線を抽出することで、歯車の歯形を正確に再現することが可能となります。
5. 3D モデル化:
抽出されたインボリュート歯形を基に、Fusion の機能を用いて 3D モデルを生成します。
特記事項:
本手法において、図a〜図c は説明のために歯車形状を図示していますが、実際のモデリングにおいては歯車の 3D モデル自体は必須ではありません。加工工具(ラックカッタ)の相対運動と軌跡の重ね合わせによって、直接的に歯形を生成することができます。
ここで紹介した手順(方式Ⅰとします)は、図a と図b を、θ を変えながら繰り返す方法です。原理に沿っているので説明しやすいのですが、座標変換の回数が多く煩雑です。
実際に筆者が行っている手順は、図a の平行移動部分を集約して、矩形状パターンを使用する(方式Ⅱ)ようにしています。両方について手順を説明します。
方式Ⅰ:平行移動 Rθ と回転移動 -θ を必要回数繰り返す
方式Ⅱ:各 θ ごとの平行移動 Rθ をまとめて、矩形状パターンで行う
方式Ⅰによるモデル化手順
1. 設計諸元:
- 対象とする歯車諸元、および加工工具(ラックカッタ)は第 1 回目を参考にしてください。
(m1、z20、pa20) - 加工工具(ラックカッタ)は 2 ピッチだけでかまいません。
- 方式Ⅰで実行
2. 加工工具(ラックカッタ)の配置:
- ラックカッタのデータム線を、工作物の基準円に合わせます。
3. 加工工具(ラックカッタ)の移動:
- [ソリッド]、[修正]、[移動/コピー] コマンド、またはショートカットキー [M] でラックカッタを [R * θ * PI / 180] 左に移動します。この例では R=10、θ=3 度としています。
- 累積をとっていくため、[移動] コマンドのオプション [コピー] にチェック入れてください。
- ここで入力後は [OK] をクリックせずに、この次に紹介する「4. 加工工具(ラックカッタ)の回転」を実行してください。1 回の移動コマンドで複数の動作を実行できることを利用します。
4. 加工工具(ラックカッタ)の回転:
- Rθ 移動後の加工工具(ラックカッタ)を反時計回り θ 回転します。この時の回転軸はブラウザで [Z軸] を選択するか、基準円直径などの原点に中心を持つ円をスケッチ上でクリックします。
- ステップ 3 と本ステップで紹介している操作は、1 回の [移動/コピー] コマンド内で実行します。同コマンド内の [移動タイプ] を [自由移動] または [移動] から [回転] に変更することで、移動後の回転を実現します。
5. 繰り返し:
- 類似式を繰り返すので、[10*PI/180*3] をコピー(ショートカットキー Ctrl + C でも可)し、次回入力時にペースト(ショートカットキー Ctrl + V でも可)して角度のみを書き換えていけば手間が省けます。(ここで 10: 基準円半径、3: 角度ステップ)
- 必要に応じて [ユーザ パラメータ] を利用してください。
- ラックカッタ(加工工具)は中心が移動しながら、傾きが変化していく軌跡を描きます。
6. ミラー コピー:
- YZ 平面対称にミラー コピーします。軌跡の内側包絡線が歯形となります。
- 完成した創成図モデルは後ほど利用します。
実際の歯車形状は、1 歯あたり 360 / 歯数の扇と歯先円径で囲まれた領域をソリッドとして取り出し、全周コピーするだけなので割愛します。第 1 回目と同等品質レベルの歯車が完成するはずです。
方式Ⅱによるモデリング
1. 図a の状態のパターンコピー:
「図a:歯車を動かす」の状態を角度 θ を段階的に変化させながら [矩形状パターン] をコピーすることにより複数作成します。本稿では、基礎円半径 R=10 mmとし、角度 θ を 0 度から 30 度まで、3 度刻みで変化させました。以下が矩形状パターンの入力値です。
[数量]:11
[距離]:10 * 3 / 180 * PI * 10
最初の10:基準円半径 R=10
3:計算ステップ 3 度
最後の 10:3 度分を 10 回繰り返し、相当の距離を示す
2. 順次 -θ 回転:
次に各パターンコピーに対して、[移動] コマンドを用いて順次 -θ 回転を与えます。この操作により、「図b:全体を逆回転して、歯車を静止させる」の状態を再現します。すなわち、各パターンコピーにおいて加工工具(ラックカッタ)は、歯車(実際には歯車は図示されていない)に対して相対的な位置関係を維持しつつ、異なる角度で配置されます。
3. ミラー コピー:
最後に作成された加工工具(ラックカッタ)の軌跡をミラー コピーします。この操作により、歯車の左右対称性を考慮した完全な歯形を生成します。
特記事項:
ここでは、図a の運動だけを [矩形状パターン] で先に行い、図b の運動はその後で逐次実施しました。みなさんは、方式Ⅰ、Ⅱどちらでも都合の良い方法を選択してください。
下図は、方式Ⅱによる創成図作成アニメーションです。
計算範囲:
下図左において、Rθ 移動で左端にあった加工工具(ラックカッタ)#10 は、-θ 回転して下図右の位置に来た時、歯型の輪郭線から離れており、歯型形成に寄与していません。従って、計算はこの加工工具(ラックカッタ)の右側だけで十分です(歯数 20 で 30 度以下)。
この範囲は歯数によって変化します。小歯数の時は広い範囲が必要で、歯数 6 だと60 度以上必要になるので、まずは下図のようにして確認するようにしましょう。
創成図の利用
- 作成した創成図モデルを、図面出力した結果を下図に示します。CAD ならではの非常に精緻な創成図が得られます。
- 創成図を観察すれば、歯車の形の理由が理解できると思います。特に歯底部の形状に興味が湧きましたら、筆者のブログをご覧ください。
- この方法はまた、アンダーカット(切り下げ:参考資料 1、2 参照)やプロチュバランスホブ(突起付きホブ)などにも適用可能です。特にアンダーカット時のかみ合い率計算に必要な正確な歯元隅肉形状が得られます。アンダーカット時のかみ合い率計算方法については、筆者の Web サイト で詳しく述べています。
上記創成図は .pdf、.svg、.dxf の各形式で添付しております。一度お手元でご覧ください。
参考資料 1:アンダーカット発生歯車の創成図例を以下に示します
アンダーカットは歯数の少ない歯車において、ラックカッタによって歯元が削り取られる現象です。この例では歯数 6 で計算しました。
- 歯数 6 標準平歯車
- 0~66 度間、6 度ごとに12 断面(片側)
- 矩形状パターンは [6*3 * PI /180 * 11]、数量 [12]
明瞭にアンダーカットが表れて、インボリュート範囲を侵食していることがわかります。"SpurGear" アドインの場合、この計算をしないので歯元がえぐれません。従って、相手歯車によっては干渉することがあります。
参考資料 2:【アンダーカット緩和】転位係数 0.4 歯車の創成図例を以下に示します
本文および参考資料 1 では、加工工具(ラックカッタ)のデータム線と基準円位置が一致していました。これに対して参考資料 2 では、加工工具(ラックカッタ)データム線が基準円から離れています。これを「転位」と言います。転位の大きさを「転位量」と言い、転位量をモジュールで除した値が「転位係数」です。歯車の外径側への転位を「正転位」、内径側への転位を「負転位」と言います。
加工工具(ラックカッタ)の「データム線」とは、加工工具(ラックカッタ)の歯厚と歯溝の厚が等しくなる位置の水平基準線です。
- 歯数 6 転位平歯車
- 転位係数 0.4
このケースでは、下図に示すように正転位によりアンダーカットが大きく改善されたことがわかります。それ以外では歯元が太くなり強度が向上することと、歯先が尖りやすくなってくることが特徴です。
以上で創成図によるインボリュート歯車の 3D モデル作成を終わります。次回は、このモデルを使って多角形誤差のないきれいな歯面を作成する方法を説明します。
ここにコメントを追加するには、ご登録いただく必要があります。 ご登録済みの場合は、ログインしてください。 ご登録がまだの場合は、ご登録後にログインしてください。